こんにちは♪
今日は、私が「無理をしないで生きよう」と決めるまでのことを、少し正直に書いてみようと思います。
同じように、毎日頑張りすぎてしまう方の心が少しでも軽くなれば嬉しいです。
休むことや人に頼ることが苦手だった毎日

仕事から帰れば家事。
夕飯の準備に片付け。
翌日のお弁当作り。
休日は一週間分の作り置き。
それが私の当たり前の日常でした。
家でゆっくり過ごしている人の話を聞くと、どこかで「いいなぁ」と羨ましく思う自分がいました。
でも同時に、「私にはそんな時間はないかも」と、最初からあきらめている自分もいて。
その二つの気持ちが混ざり合って、なんとも言えない切なさを感じていたことを覚えています。
特別頑張っているつもりはなかったんです。
ただ、休むことや人に頼ることのほうが苦手だったのかもしれません。
手を抜いたり、人に頼ったりすることって、意外と難しいんですよね。
私の場合、
多少しんどくても、自分で何とかしようとしてしまう。
疲れていても、
「もう少し頑張ればいいか」
と無意識に無理を重ねていた気がします。
でも実際は、私が勝手にそう思い込んでいただけで、家族は案外平気だったりするんですよね。
むしろ、
「言ってくれたらやったのに」
なんて言われることもあったりして(笑)。
もちろん、頼ることに今でも少し罪悪感はあります。
でも、頑張りすぎて余裕がなくなったり、イライラしてしまったりするくらいなら、少しくらい手を抜いたっていい。
誰かに頼ったっていい。
最近はそう思うようにしようと思ってます。
長い間、「ちゃんとしなきゃ」が当たり前だったから、すぐには考え方を変えられないけれど、
「迷惑をかけないように頑張る」だけじゃなく、
「無理をしないために頼る」ことも大切なんだなと感じています。
気づかないうちに限界が近づいていた

ある時から、少しずつ自分の中で変化を感じるようになりました。
寝ても疲れが取れない。
やらなきゃいけないことはたくさんあるのに、気力がわかない。
何もしたくない日が増えていく。
さらに、理由もなくイライラしたり、不安になったり。
体のあちこちが痛くなったり。
「更年期かな」
「年齢のせいかな」
もちろんそれもあったのかもしれません。
でも今振り返ると、体が一生懸命、
「ちょっと休んでよ」
「もう限界に近いよ」
とサインを出してくれていたのかもしれません。
ただ正直なところ、周りから見たら分かりにくかったと思うんです。
もしかしたら「最近やる気がないのかな」と見えていたかもしれません。
自分でもうまく説明できないしんどさを抱えながら、
「なんで前みたいにできないんだろう」
と自分自身に一番がっかりしていた気がします。
病院を回っても答えが見つからなかった

少しでも良くなりたくて、いろいろな場所へ行きました。
婦人科。
内科。
皮膚科。
心療内科。
漢方やサプリも試して、整体にも通いました。
でも、はっきりした原因はわからず、思うように改善もしませんでした。
むしろ、
「何をしても良くならない」
そんな不安だけが大きくなっていきました。
それに、正直なところ心のどこかで、
「せめて何か病名がついてくれたら、家事をしなくてもいい理由になるのに」
そんなふうに思ってしまったこともあって。
大きな声では言えないけど、当時はそれくらい余裕がなかったんだと思います。
キャパオーバーだったと気づいた瞬間

ある日ふっと、本当に糸が切れたみたいに何もできなくなった日がありました。
仕事が終わって家に帰ってきても、「何もしたくない」っていう気持ちしか出てこない。
夕飯も作る気になれないし、お弁当のことを考えただけでため息が出る。
休日に作り置きしなきゃって頭では分かっているのに、体も気持ちも全然ついてこない。
「やらなきゃ」「ちゃんとしなきゃ」って思えば思うほど、逆に動けなくなっていく感じで。
そんなときに初めて、ふっと心の中で
「あ、もう無理なんだな」
って思ったんです。
ブチ切れて出てきた本音

限界を超えたある日、感情があふれてしまったことがありました。
もう我慢できなくて、気づいたら言葉に出ていて、
「もう家事したくない」
「キャパオーバーなんよ!」
って、かなりのキレ気味みたいな感じで言っていました。
今思えば、余裕がなかったとは言え
そんなふうにしかできなかった自分に対して、今振り返ると少し申し訳なかったなという気持ちもあります。
もう少しうまくやれたらよかったのかもしれないけれど、その時は本当にそれが精一杯でした。
それで今の関係が壊れてしまっても、もうしょうがないかなって、どこかで思っていました。
本当はそんなふうにしたかったわけじゃないんですけど、その時の自分はそれくらい余裕がなくて、先のことまで考える力も残っていなかった感じでした。
そこからは一方的に「全部ちゃんとやる」という考えを一回手放して、できるだけ家事を減らしていく方向に切り替えました。
でも、うまくいかない日もある

洗い物がシンクにあると、どうしても気になって結局やってしまうし、
少し時間や余裕ができると「今のうちに作り置きしとこうかな」って動いてしまう。
やらないって決めたはずなのに、罪悪感から気づいたらまた手を動かしていて。
そのたびに、
「またできてないじゃん」
「私、何やってるんだろう」
って、ちょっと自分にイライラしてしまうこともありました。
そして、やり終えた後もなんだかスッキリしなくて、「結局こんな時間になっちゃったな…」ってため息が出ることもあって。
本当は読みかけの本を読もうと思っていたのに、その気力もなくなってしまっている。
朝早く起きて、自分の時間を作ろうと思った日も、昨日の食器を片付けているうちに気づいたらもうこんな時間で、「あれ…何やってたんだろう」って落ち込むこともありました。
休んでも休んだ気がしなかった日々

家事を減らした分、本来なら自分の時間ができるはずでした。
でも実際は違いました。
本を読もうとしても集中できない。
スマホを見ていても落ち着かない。
何もしていないのに疲れている。
そしてまた自己嫌悪。
そんな悪循環の中にいました。
どこかでずっと「ちゃんとできていない自分」に対して、罪悪感がぬぐいきれなくて。
休んでいるはずなのに、「本当にこれでいいのかな」「申し訳ないな」って気持ちがふと出てきてしまうんです。
結局うまく切り替えられないまま、気持ちだけが空回りしていたような感じでした。
「うまくできない自分」を責めていた

今思えば、私はずっと
「ちゃんとできない自分」にイライラしていました。
休んでいるのに休めない。
手放したのに楽にならない。
そんな自分を責め続けていたんです。
でもそれは、怠けていたわけではなくて、
ただ心と体がまだ回復途中だっただけでした。
欲を言えば、誰かにちゃんと「怠けてるわけじゃないよ」とか、「そのままでいいから少しゆっくり休んでいいよ」って、言葉で安心させてもらいたかったのかもしれません。
でも同時に、それは自分の中の甘えというか、わがままなのかもしれないっていう気持ちもちゃんとあって。
結局のところ、誰かに許してもらうんじゃなくて、自分で「これでいいよ」って思えるようにならないといけないんだろうなって、どこかでわかっていました。
今はまだ途中だけど、少しずつでも、自分で自分にオッケーって言えるようになりたいなと思っています。
無理をしないと決めた理由

頑張れなくなったんじゃない。
怠けているわけでもない。
ただ、今は少し休憩が必要な時期。
50代は心も体も変化する年代。
だから無理に頑張ろうとしなくても大丈夫。
以前よりゆっくりなペースでも、自分を大切にしながら進んでいけばいい。
最近はそう思えるようになって、少し肩の力が抜けました。
完璧じゃなくてもいい。
今日はできることをやる。
できない日は休む。
そのくらいが、これからの私にはちょうどいいのかもしれません。
そう思えるようになるまでには時間がかかりましたが、少しずつ自分をゆるめられるようになりました。
それに今は、少し極端に聞こえるかもしれないけど、「もうちょっと図々しくなってもいいのかもしれないな」って思うこともあります。
もしそれで誰かに嫌われるようなことがあるなら、その関係は少し距離を考えてもいいのかもしれないし、無理して合わせ続ける必要もないのかなって。
世間体とか「こうあるべき」みたいなものにあまり縛られずに、自分に合う生活の形を選んでもいいんじゃないかなって、最近は思うようになりました。
結局、選択肢ってひとつじゃないんですよね。
正解を探すというより、「自分が少し楽でいられるほう」を選んでいく感じでいいのかもしれません。
おわりに

無理しないと決めた理由って、
すごく大きな出来事があったというよりも、毎日の中で「ちょっとしんどいな」が積み重なっていった結果だったんだと思います。
気づいたら限界が近くて、振り返るとそれは、
「もう十分頑張ってきたよ」っていう心と体からのサインだったのかもしれません。
人には優しい言葉をかけられるのに、自分にはなかなか同じようにできないことってありますよね。
誰かがしんどそうにしていたら「無理しなくていいよ」って自然に言えるのに、自分のことになると「まだ頑張れるでしょ」「もっとやらなきゃ」ってつい厳しくしてしまう。
そんなふうに、気づかないうちに自分だけずっと置き去りにしていたのかもしれません。
もし今、同じように頑張りすぎてしんどくなっている人がいたら、
ほんの少しだけ立ち止まってもいいんじゃないかなって思います。
無理しないことって、逃げることじゃなくて、
これから先をちゃんと生きていくためのひとつの選択なんだと思います。
今日も本当にお疲れさまです。

